蜂蜜と玉葱、そしてコックテイル

いい日も悪い日もいろんなことのいろいろが楽しくて好きで

そして9月へ

 

犠牲祭のことを書かなきゃと思いつつ、長くなりそうだなと放置していたらもう9月

も半ば。

 

イード初日は牛の屠殺を見に行きました。

カイロから車で数時間…みな家でゆっくりしているからか道がものすごく空いていた。

そしていつも以上にシー二―(中国人)と野次を飛ばしてくるガキどもが多かった。

本来は夜明けの祈りとともに屠殺が始まるので、通りやメトロの駅にはすでに若干血の匂いがした。

 

目的地の地名はاول شرقية。

イスマーイーリーヤなんとかっていう名前の水路が流れるところにあるのどかな農村。

お店なんかもそんなにないらしい。

 

到着後さっそく今回の贄となるべき牛くんとご対面。躊躇しつつもすすめられるままに記念撮影。

 

カイロの中心地だとアパート暮らしが大半だけど、ここではひとつの建物にひと家族が一緒になって住んでいるらしい。お父さんとお母さんと姉妹、兄弟、そのお嫁さんや子どもたち。上の階にはお兄さんが家族を持ったときのために部屋を準備しているところらしい。男性はすでにアパートを持ってないと結婚できないこの国においてお兄さん果報者…と思いきや結婚するつもりはないらしい。結婚へのプレッシャーが強いのはエジプトでも都会より大きいかな。

 

お母さん、まだはたちそこそこで結婚出産したそうでお若い。

優しくてにこにこしていて、挨拶して二言目で「あなたは私の娘よ、息子よ」ってハグしてくれて、太っているからか少し足が悪くて難儀だけれど家事ばっちり手料理絶品なエジプトのお母さん!

 

お昼に牛のファッタやモロヘイヤ、サラダ、お母さん手作りのアエーシ(家にアエーシ用のオーブンがあって手作りする家庭は初めて見た)やレモンの漬物をいただいた。本当においしい。

 

その後は何時間か肉屋さんが来るまで待機。各家庭で屠るのが一般的だけれど、ここのお父さんが年を取ってきたということでお肉屋さんにお願いしたらしい。

 

2歳半と1歳半の親戚のあかちゃんたちと遊んだり、ポップコーンを作ってもらったり、コメディー番組を見たり、あとはとにかくおしゃべりした。

 

小さい娘ちゃんたちのママは美人だなあと思っていたらなんと私と同い年で、パパは他の家庭のお手伝いに行ってたらしく、周りのお姉さんたちは「パパも屠られちゃったよ」「次はママの番だよ」って始終からかってた。

 

「パパ」の時はふーんって感じだけど「ママ」と言われるとぐずって探しに降りていこうとするのはちっちゃいこあるあるかな。

 

最初は恥ずかしがってたけどお姉ちゃんのほうがなかなか懐いてくれて、妹を「つれてきてあげる」ってだっこして私の方に運ぼうとして転びかける、というのを何度もやった。

帰り際にママに「連れて帰る?」って言われたけどやっぱり全力でパパママ大好きなのが分かってほっこりした。

 

さて日が暮れる頃にようやっとお肉屋さんが来て、食事をふるまった後にいよいよ。

 

たくさんの男たちが集まってロープで玄関に牛を引っ張ってきて、牛に蹴っ飛ばされたり転ばせたりしないように気を付けながら四肢を縛って横倒しにする。女性陣はアパートの階段に座って固唾をのんで見守る。おなかを見せてひっくりかえった牛の姿がなんだか生々しかった。

 

首にナイフが入るまでカメラを回していたんだけど、血が噴き出てからの方も撮ってた。

直前まで大きなナイフを研いで、神の名において、と言ったかと思うと一瞬だった。

何についてもその道の人の仕事は見事だ。

 

一通り血が止まると、場の緊張がゆるんで、ホースで水をかけて血や牛が直前にしたフンを洗い流し、お母さんがお茶を配ったりお菓子をつまんで汗を拭いたりする。

 

血が止まって、動かなくなってしばらくしてそれまで「羊!牛!」と動き回っていた娘ちゃんが「走るよ!」というので何だろうと思ったら、本当に血を流し切って横たわっている牛が、走りだした。

 

思わず振り返って「なんで動いているの?」と聞いたら、「そうやって魂が昇っていくのよ」といったような答えが返ってきた。

周りの人々が神の名をつぶやいて祈りをささげる。

 

イスラーム法で定められている屠殺の方法は残酷だという非難もあるけれど、こうして頸動脈を「よく研いだナイフで」神の名において切ることで苦しむことなく魂が正しく天に行くと信じられている。

 

その後開腹からはじまって3時間以上かけて内臓も頭も皮も肉も解体された。

屠られた直後の肉はそのまま冷凍すると腐ってしまうため、いったんシーツに広げて扇風機で風を当ててからしまうという。骨ごとぶつ切りにされた肉が運び込まれてくるとお母さんはてんやわんやで、姉妹たちは床の血や泥を掃除するまで終わらないのよ、とだるそうにしていた。

玄関外の柱には、邪視を避けるために血の手形がお守りのハムサとして押されていた。

 

犠牲祭、イード=アル=アドハーはイブラヒームが息子のイスマーイールを神にいけにえとして捧げたというクルアーンの逸話(キリスト教でいうアブラハムとイサクの話)を記念して行われる。

屠られた動物の肉は3等分して、家族・肉親・貧しい人々と分かち合うのも大事なつとめ。

 

初めて目の前で動物がたくさん血を流して殺されるのを見るのはやっぱり印象の強いできごとだったけれど、あまり残酷であるとは感じず、また命をいただくとは、みたいにありがちな分別のよさを繕う気にもならず、ただこれは生活である、命の価値なんぞ考えようと考えまいとこれが流れていく生活であり今私はそれをようやく目にしているんだ、というようなことを思った。

 

娘ちゃんが「(牛が)走るよ!」って言って、それから本当に牛が動き始めるまではほんのわずかな時間しかなかったけれど、一瞬でもまだ小さいから牛が死んだことが分かってないのかな、と思ったことが恥ずかしい。

 

あの子は2歳半だから、妹ちゃんが今年そうしたように、去年もこの光景を見たんだろうな。

 

 

お父さんにお肉を少しおすそ分けしてもらって、帰りはずいぶん遅くなってしまった。